■大隅グループ
    embryo チーム
  ■大隅グループ
  
adult brain チーム
  ■若松グループ

若松講師グループでは鳥類を用いた神経堤細胞の発生運 命決定機構の解明や中枢神経系における神経上皮細胞の運 命決定機構の解明について研究を進めています。


神経堤細胞とは
神経堤細胞の形成
神経堤細胞の分化
神経系幹細胞における非対称分裂機構の研究



神経堤細胞とは

神経堤(neural crest:神経冠とも呼ぶ)は脊椎動物の 初期発生において表皮外胚葉と神経上皮の境界 部に生じる 細胞集団です(図1)。形成された神経堤細胞は上皮―間充織転換(EMT、脱上皮化ともいう)した後、移動を開始します。この神経堤に由来する細胞からは、末梢神経系の神経細胞や支持細胞の大部分、色素細胞、内分泌細胞、平滑筋、頭部骨格といった非常にバラエティーに富んだ細胞種が分化します。このことから、脊椎動物が進化した過程で獲得された「第4の胚葉」とも呼ばれます。

図1 【図1】
赤色:抗Snail2抗体による免疫染色、
青色:DAPIによる核染色

神経堤細胞のもう一つの特徴としては、その移動能力があります。上に挙げた様々な細胞種は、当然のことながら胚体内のそれぞれに特異的な領域に分布しなければなりません。神経堤由来の細胞はそれらの場所まで長駆移動していきます。例えば、消化管に分布する神経細胞や支持細胞も神経堤由来ですが、最初顎部に生じたこれらの神経系の前駆細胞は、消化管のほとんど後部末端近くまで移動していきます。また、体幹部の同じ領域から生じた神経堤細胞についても複数の異なる移動経路が利用され、それぞれの移動経路に特徴的な細胞種が分化します(図2)。上に述べたような神経堤細胞の発生過程を理解するためには、細胞の増殖や分化やサバイバル、細胞間や細胞と細胞外基質との相互作用など、発生現象において重要な問題について考える必要があります。我々の研究グループでは、古典的な実験発生学的手法、細胞生物学的手法、分子生物学の技術などを必要に応じて組み合わせて用い、これらの問題にチャレンジしています。




図2
【図2】神経堤細胞の移動経路と分化する細胞種

神経堤細胞の形成

上述したように、神経堤は初期発生において予定表皮外胚葉と神経板の境界部に形成されます。これまでの研究から、表皮外胚葉と神経板の相互作用が重要な役割を果たしていることが示されています。たとえば、表皮由来の神経堤誘導因子としては、分泌因子であるBMPの関与が示唆されています。我々のグループでは、鳥類胚の神経堤形成において、BMPシグナルが必須である事(図3Endo et al., 2002)や、Deltex遺伝子を介したNotchシグナルの活性化が表皮におけるBMP4の発現制御に関わっていることなどを、明らかにしてきました(Endo et al., 2002; Endo et al., 2003)。さらに最近では、PKA(camp-dependent kinase)シグナルが神経堤の誘導やEMTの促進に重要な役割を果たしていることを発表しました(Sakai et al., 2006)。例えば、PKAは転写因子Sox9をリン酸化することで、Sox9によるEMTの誘導を制御していることを示しました。また、PKAはSnail2やSox10の機能も制御しており、Sox10はPKAシグナルの下流で2a型コラーゲンの発現を活性化することがわかりました(Suzuki et al., 2006)。このように、PKAシグナルの神経堤発生における重要性がわかりましたので、その下流で働く因子をさらに同定すべく、研究を進めています。一方、転写制御因子であるSox2遺伝子が神経板で発現しており、神経堤の形成を抑える働きを持つ事や、BMP4がSox2の発現を抑制することが神経堤誘導の重要なステップになっていることを報告しています(Wakamatsu et al., 2004)。

いったん誘導された神経堤細胞は、EMTをおこして外胚葉から抜け出し、移動を開始します(英文総説:Sakai & Wakamatsu,2005、日本語総説:若松 2002; 酒井&若松 2005)。この脱上皮化を制御している転写制御因子に Snail2がありますが、このSnail2遺伝子の発現がどのようにして制御されているのか知るために、プロモーター領域の解析を行なっていました。その結果、BMPシグナルのメディエーターであるSmad1が直接結合して転写の活性化を行うことがわかりました(Sakai et al., 2005)。


図3 【図3】BMPシグナルは神経堤形成に必要である。培養ウズラ胚の外胚葉右側にBMPアンタゴニストであるNoggin遺伝子を強制発現させた後、Snail2 の発現を検出した。BMPシグナルを抑えると、Snail2 の発現が顕著に抑制される。

神経堤細胞の移動のメカニズムについては古くから盛んに研究が行われてきました。その多くは細胞外基質との相互作用に関するもので、神経堤細胞は細胞外基質の受容体であるインテグリンを使って、ファイブロネクチンなどの細胞外基質を足場として胚体内を移動します。内側経路 (medial pathway)(図2) では神経堤細胞は体節の前半部分を移動し、かつ脊索周辺部をさける傾向があります。これによって、末梢神経系の分節したパターンが実現されます(図4)。最近ではこの内側経路における特徴的な移動パターンが、ephrinやF-spodinといった反発因子の影響によるもであることがわかってきました。上にも述べたように、外側経路からは色素細胞が、内側経路からは末梢神経系ができますが、このような住みわけはどのようにしてできるのでしょうか。これまでの研究から、そうやら色素細胞の前駆細胞が積極的に外側経路に移動するようです。色素細胞の前駆細胞を内側経路に移植してやっても、移植された細胞はいったん逆戻りして外側経路に広がっていき ます(Wakamatsu et al., 1998)。どうやら、外側経路には色素細胞を引き寄せる何かがあるようです。

図4 【図4】抗Hu抗体によって神経細胞を免疫染色した。

神経堤細胞の分化

 これまでに移動を開始する前の神経堤細胞の少なくとも一部は多分化能を持っていることが示されており、発生初期の神経堤細胞は幹細胞のような性質を持つと考えられています。これら未分化な神経堤細胞の分化制御については、神経堤をとりまく“非”神経堤組織からもたらされる増殖因子や細胞外基質の重要性が強調されてきました。例えば、背側大動脈に発現しているBMPはその近傍に移動してきた神経堤由来細胞の交感神経細胞への分化を誘導することが報告されています。我々は、神経堤細胞がもっと自立的に分化運命を制御しているのではないか、という作業仮説のもとに研究を進めています。神経堤細胞からできる末梢神経節は、神経細胞とグリアが混在しています。(図5

図5 【図5】緑色は神経細胞、赤色はグリア、それぞれ抗Hu、HNK-1抗体による免疫染色、青色はDAPIによる核染色。

我々はこれまでに、膜受容体であるNotch1を介した神経堤細胞間の相互作用が神経分化の制御をしていることや(Wakamatsu et al., 2000)、Notchシグナルの活性化を抑制する細胞内因子のNUMB(Wakamatsu et al., 1999)が神経堤細胞の分裂時に非対称分配されることなどを明らかにしてきました(Wakamatsu et al., 2000)。すなわち、1個の神経節の中に神経細胞やグリアが両方分化してくることができるのは、Notchシグナルによる側方抑制とNumbの非対称分配の働きによるものと考えられます。このようなことから、神経堤細胞自身にある程度その分化運命を制御する働きがあると考えることができます。また、Notchシグナルの活性化に伴ってSox2遺伝子の発現が誘導され、これがニューロンへの分化を抑制していることもわかってきました(
図6Wakamatsu et al., 2004)。また、色素細胞はいわゆる外側経路(lateral pathway、図2)に移動した神経堤細胞からできますが、この色素細胞の前駆細胞は外側経路への移動を開始するまえに既に初期の分化マーカーであるmitf転写因子を発現していることがわかっています(Wakamatsu et al., 1998)。さらに最近ではシュワン細胞に特異的に発現するSerafという遺伝子を単離しましたが、これもまた発現の時期が極めて早く、古典的な神経堤細胞の分化制御の考えにはあてはまりませんでした(Wakamatsuet al. 2004 )。現在はSeraf遺伝子の発現調節メカニズムを調べることで、シュワン細胞の分化制御にせまろうとしています。

図6 【図6】神経節におけるSox2の発現
Sox2(矢頭、ピンク)はHu陽性ニューロン(矢印、緑)で発現しておらず、その周囲のサテライト細胞で発現している。

神経系幹細胞における非対称分裂機構の研究

神経堤由来の細胞や中枢神経を形成する神経上皮細胞の中には、いわゆる幹細胞と呼ばれる性質、すなわち自己複製を行いながら分化した細胞を生み出す性質をもつものが含まれている事がわかっています。これまでの我々の研究などから、これらの細胞は非対称分裂をおこなっている可能性が考えられます。上に述べたように、Notchシグナルは神経堤由来細胞の分化を制御していますが、中枢神経系の発生過程でも、ニューロンの分化を抑制し、グリアの分化促進に働いていることがわかっています。このとき、Notchシグナルの活性化を抑える働きを持つNumbタンパク質が分裂中の細胞で非対称に局在し、不等分配される事がわかっています(図7Wakamatsu et al., 1999; 2000)。その後、Numbの局在を決定する因子として、中間径フィラメン トの一種であるTransitinを同定しました(Wakamatsu et al., 2007)。TransitinはNumbに直接結合してNumbを細胞膜の基底膜側に局在させているだけでなく、M期の中期から後期にかけてNumbを基底膜側から側方に輸送するのにも必要であり、またTransitinのRNAi実験からは神経上皮細胞の分化抑制に必要であることが示されました。現在 Transitin-Numbの側方輸送メカニズムと細胞骨格制御の関係について、解析を進めています。


図7 【図7】分裂期の神経上皮細胞におけるNumbの局在
分裂期の神経上皮細胞でNumb(緑)が基底膜側に局在している。赤は染色体。


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