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神経発生の分子機構

脳の領域化/細胞分化・移動のメカニズム

非常に複雑な構造をもつ脳は、もとをただせば、神経板という外胚葉性のシート状の構造物に由来します。初期の脳では領域特異的な遺伝子が発現し、脳を正しく領域化します。私たちは、転写制御因子Pax6が脳過程において様々な領域に発現していることから、Pax6自然突然変異体を用いた解析や、全胚培養法を応用した遺伝子導入法(図1、Takahashi et al., 2002; Takahashi and Osumi, 2010; Kikkawa et al., 2017)を駆使して、Pax6が脳のパターン形成、ニューロン分化や移動、および神経回路形成に影響を与えていることを明らかにしました(Osumi et al., 1997; Takahashi and Osumi, 2002; Nomura and Osumi, 2004; Nomura et al., 2006; Haba et al., 2009)。脳形成過程では、神経幹細胞の増殖と分化が制御され、多様な神経細胞が必要な数だけ生み出されることが必要です。Pax6は神経幹細胞に発現しており、神経幹細胞の増殖および神経細胞への分化の両面を制御する重要な分子です(Osumi et al., 2008; Sakayori et al., 2012)。

図1

図1 Takahashi et al., 2002; Takahashi and Osumi, 2010; Kikkawa et al., 2017, Kikkawa et al., 2019

最近では、細胞周期調節因子Cyclin D2 (サイクリン D2)が脳原基の外側である基底膜面の先端に局在することを見出し、その細胞の運命を未分化な状態に維持する働きがあることを明らかにしました(Tsunekawa et al., 2012)。現在、ゲノム編集技術CRIPR/Cas9法を用いて、Cyclin D2のmRNA輸送メカニズムにアプローチしています(図2)。

図2

図2 CRIPR/Cas9法によるアプローチ

神経発達障害と神経発生

自閉スペクトラム症や精神遅滞、注意欠陥多動性障害などは「神経発達障害」と呼ばれ、脳の発生発達過程に原因があることがわかっています。少子化に加え、神経発達障害の発症頻度は現在、50-60人に1人と報告され、年々増加していることから、将来の働き手の大幅な減少が懸念されているところです。

転写制御因子Pax6はいわば命令を下す分子で、さまざまな細胞現象が生じるためにはその下で働く実行部隊が必要です。胎生期の大脳皮質形成期において、Pax6に制御を受ける下流遺伝子の多くに自閉症関連遺伝子が含まれることを見出し、Pax6が発達障害の原因遺伝子の一つであることが考えられます(図3、Kikkawa et al., 2019)。

図3

図3 Kikkawa et al., 2019

脆弱X症候群(fragile X syndrome, FXS)は発症頻度が比較的高い遺伝性の精神発達障害であり、精神遅滞や自閉症様症状を示します。脆弱X症候群は、FMR1遺伝子の異常によって発症することが明らかにされており、その遺伝子の産物であるFMRP タンパク質が、他のタンパク質量を調節することが報告されています。私たちは胎仔期のマウスの脳において、FMRPの標的分子を網羅的に同定した結果、Fmr1を欠くマウスでは胎仔期の脳でタンパク質の合成を制御するmTOR経路が異常に活性化されることを明らかにしました(図4、Casingal et al., 2020)。本研究によって、脳の発生期における遺伝性発達障害研究の発展に貢献することが期待されます。

図3

図4 Casingal et al., 2020

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